役所で離婚届をもらった日、私は「紙一枚」の重さに震えました。

いつも通りに出ていく夫と、いつも通りに届く謝罪のLINE。
翌日の朝、夫は何事もなかったように「行ってきます」と言って仕事に出ました。
そして、その一時間後くらいに、「昨日は言い過ぎた、ごめん!」というLINEが届きました。
これも、いつもの夫のパターンです。
お酒を飲んでは私を傷つけるようなことを言い、怒鳴りつけ、翌朝になると謝ってくる。
何年も続いてきたこの流れは、表面だけを見ると「仲直り」に見えるのかもしれません。
でも、私にとっては、傷つけられることが前提の儀式でしかありませんでした。
謝られれば元に戻る、という発想の中に、私の心が削られた跡は残ったままです。
そのことに、私はもう耐え難い嫌悪感を感じるようになっていました。
LINEを無視して、私は役所へ向かいました。
私はそのLINEを読みながら返信をせずに無視しました。
怒りをぶつけるためではなく、もう反応すること自体が苦しくなったからです。
そして私は、役所へ行って離婚届をもらってきました。
自分の足で、窓口で言葉を口にして、紙を受け取る。
それは簡単な行為のはずなのに、私の手のひらは少し汗ばんでいました。
「本当にここまで来たんだ」と思う反面、「やっとここまで来た」とも思いました。
私はずっと、家を守るために、家庭の空気を壊さないために、自分の心を小さく畳んで生きてきました。
でも、その畳み方が限界を超えたとき、人は体が先に動くのですね。
私は淡々とした顔で、離婚届をバッグに入れて帰りました。
家に帰った瞬間、「恐怖」が遅れて追いかけてきました。
ところが、離婚届を持って家に帰ってから、私の心には、離婚に対する恐怖が重くのしかかってきました。
役所にいる間は、やるべきことをやっているだけで、心が現実を感じないようにしていたのかもしれません。
でも家の玄関を開けた瞬間、生活の匂いがして、台所の景色が目に入って、急に「本当に変わってしまう」という感覚が押し寄せました。
私は今までちゃんとした妻を演じ、ちゃんとした母親として子供に接してきたつもりです。
家族の予定を回し、食事を整え、息子たちの生活を守り、夫の機嫌も崩さないように調整してきました。
その二十数年は、私の人生そのもので、簡単に捨てられるものではありません。
だからこそ「紙一枚で、それをリセットする」という現実が、怖くて仕方がなくなりました。
私は今、離婚届を“突き出す準備”をしている。
私は、次に夫が離婚という言葉で怒鳴り散らしたときに、離婚届を目の前に突き出す準備をしています。
それは脅しではなく、私が逃げ道を持つための準備です。
けれど、その準備をしている自分に、私は驚いています。
私はずっと「我慢する側」でした。
波風を立てない側で、壊さない側で、耐える側でいることが正しいと思って生きてきました。
そんな私が、今は“壊す側”に立とうとしている。
それは自由のはずなのに、私の心は自由より先に、罪悪感と恐怖を感じてしまいます。
「私は悪いことをしているのではないか」
そんな古い刷り込みが、今になって私の足首をつかんでくるのです。
二十数年をリセットする恐怖に、私は耐えられるのでしょうか。
私の演じてきた二十数年間。
妻として積み上げてきた二十数年間。
それをこの紙一枚でリセットすることの恐怖に、私は耐えられるのでしょうか。
正直、分かりません。
でも同時に、こうも思います。
この二十数年間は、私が必死に守ってきた年月であって、私が壊され続けてきた年月でもあったのではないか、と。
謝罪のLINE一通でリセットされるのは、夫の気分だけで、私の傷は残り続けてきました。
だからこそ、今私が怖いのは、離婚そのものだけではなく、「私が私の人生を選ぶ」ことの怖さなのだと思います。
もし離婚届を出す日が来るとしても、それは勢いではなく、私の尊厳を守るための選択にしたいです。
私は今、その紙を机の引き出しにしまいながら、震える気持ちごと抱えています。
怖い。でも、戻りたくない。
その二つの間で、私は初めて、自分の足で立とうとしているのだと思います。

コメント