旅行3日前、夫が踏み込んできた夜。肩に触れられて「やめて」と言ってしまった私。

旅行まであと3日、夫が突然「どこへ行くのか」と聞いてきました。
彼との旅行が3日後に迫った頃、夫が私に「彼との旅行はどこに行くのか?」と聞いてきました。
続けて「旅行では彼と何を食べるのか?」とも。
まるで夫が、彼の計画の中に一歩踏み入れようとしているように感じて、私は胸の奥がざわつきました。
旅行の話は、私にとって“彼と二人で育てた秘密の箱”みたいなもので、そこに夫の指が触れるだけで、箱ごと壊される気がしたのです。
でも私は同時に、「夫婦なんだから、どこへ行くのかくらいは答えなければいけないのかも」と思ってしまいました。
厳格な家で育った私は、説明する前に従う癖が抜けなくて、境界線を引くことがとても下手なのです。
「富山に行く」と答えながら、私は少しだけ楽しそうに話してしまいました。
私は迷いながらも、「富山に行く」と答えました。
本当は、行き先を口にしただけで胸がきゅっと縮んだのに、なぜか私は、彼との旅行計画を少しだけ楽しそうに話してしまったのです。
トロッコのこと、露天風呂付き客室のこと、専用ラウンジの飲み放題のこと。
彼が一泊二日をパズルみたいに組み立ててくれたことが嬉しくて、つい、言葉の端に明るさが混ざってしまいました。
私の中では「言わない」より「言ったほうが安全」という感覚が強くて、夫を刺激しないために、上手に説明したつもりでもありました。
けれど今思えば、私は夫ではなく、自分の心を落ち着かせるために話していたのかもしれません。
夫が肩に手を回し「楽しそうだな」と言った瞬間、私は反射で振りほどきました。
私が話し終えると、夫は私の隣に座りました。
そして肩に手を回しながら「楽しそうだな」と言ったのです。
その瞬間、私は反射的に夫の手を振りほどいて、「そういうのは、やめて!」と言いました。
自分でも驚くほど早い動きで、声の強さも、自分のものではないみたいでした。
夫は「夫婦なんだからいいだろう!」と声を荒らげましたが、私はその言葉を聞きながら、体の内側がひやっと冷えるのを感じました。
私は夫の怒りよりも先に、「触られたくない」と感じた自分自身に、強い衝撃を受けてしまったのです。
嫌悪感を覚えたのは、私の心がもう別の場所にいるからでした。
私は夫に肩を触れられて、嫌悪感を感じてしまいました。
夫婦であれば、肩に手を回すことは特別なことではないのかもしれません。
でも私にとっては、その触れ方が“私を所有する合図”のように思えて、呼吸が詰まりました。
夫は今まで、私に「言ってはいけない言葉」「してはいけない行動」をたくさん押しつけ、少しでも気に入らないと怒鳴り、人格まで否定するような言い方で心をえぐってきました。
その日常の中で、私は触れられることを「仲の良さ」ではなく、「従わせる力」に結びつけて覚えてしまったのだと思います。
だから優しさの温度で包んでくれる彼を知った今、夫の触れ方が、余計に痛く感じてしまったのかもしれません。
「夫婦なんだから」の言葉が、私の境界線を無理やり消そうとしました。
夫の「夫婦なんだからいいだろう!」という言葉は、一見正しそうに聞こえます。
でもその正しさは、私の気持ちを確認しないまま、境界線を消してしまう正しさでした。
私は今まで、その言葉に従って、自分の感覚を押し殺してきました。
けれど今回は、体が先に「嫌です」と言ってしまったのです。
そのことが怖くもあり、同時に、少しだけ救いにも感じました。
私はようやく、自分の心と体を別々に扱わず、「嫌なものは嫌」と感じられるところまで来たのかもしれません。
それが夫婦の形を壊すのだとしても、私自身を壊し続けるよりは、まだましだと思い始めているのです。
旅行の楽しさに触れた夫の前で、私はもう隠しきれない場所に立っていました。
私が旅行計画を少し楽しそうに話してしまったのは、失敗だったのかもしれません。
でも、あれは私の本音でもありました。
彼との旅行が近づくほど、心がきらきらして、同時に「終わってしまうのが寂しい」と思うほど大切になっていたからです。
だから夫がその光に近づいた瞬間、私は守ろうとして反射で手を振りほどいたのだと思います。
夫に説明しなければならないという思い込みと、彼との時間を守りたいという本音が、私の中でぶつかってしまいました。
私の心は、夫からどんどん離れていきます。
今はもう、それでいいのだと、私は思い始めています。

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