三連休が怖い――「4日会えない」が、私の心を空っぽにする。

祝日がうれしいはずなのに、私には重たくのしかかります。
土日に連休がつながると、世間では三連休になります。
本来なら「ゆっくりできるね」「家族でどこか行こうか」と言う人もいるのでしょう。
でも今の私にとって、連休は休息ではなく、閉じ込められる時間に近いです。
今週は金曜日が祝日で、夫も三連休。家の中に夫がいる時間が増えるだけで、私は行動の自由を失います。
そして月曜日には私の仕事があるので、金曜から月曜までの四日間、彼に会えないことになります。
たった四日、と言われるかもしれません。
でも今の私には、その四日間が遠すぎて、胸が締め付けられるほどです。
昼間に会いに行けないだけで、心がざわざわしてしまいます。
普段なら、夫のいない平日の隙間時間に、私は彼に会いに行けます。
それが私の心の呼吸になっていました。
「会える日がある」だけで平穏が保てる。
次に会える日を数えながら、家事も仕事もなんとか回せる。
でも連休は、その“呼吸の穴”がふさがれてしまうのです。
夫が家にいるというだけで、夫の機嫌を伺い、文句を言われないように身体が身構えてしまいます。
スマホを見る表情さえ、気をつけなければならない。
そうやって自分を縮めているうちに、私の心はどんどんざわざわしていきます。
「4日会えない」は、寂しいを通り越して怖いです。
今の私にとって、彼に四日間会えないことはつらいです。
彼に触れられないこと。
彼の匂いが嗅げないこと。
彼に力強く抱きしめてもらえないこと。
それが四日間も続くなんて、気が遠くなりそうなほどの寂しさです。
私は自分でも分かっています。
この寂しさは、恋のときめきだけではありません。
彼の温度がないと、私は現実の冷たさに耐えられなくなっているのだと思います。
夫の言葉、夫の機嫌、夫の触れ方。
それらに耐えるために、私は彼の存在を“避難所”にしてしまった。
だから避難所へ行けない日が続くと、心が裸で放り出されるように感じて、怖くなるのです。
連休がつらいのは、彼がいないからだけではありません。
三連休が苦しいのは、彼に会えないからだけではありません。
夫が家にいる時間が増えるほど、私は“妻の役割”を長く演じなければならないからです。
笑顔を作り、当たり障りのない会話をして、怒らせないように気を配る。
夫の態度は日によって変わるので、私の方が先回りして安全な道を探す。
そうやって過ごす時間が長くなるほど、私は自分の本音がどこへ行くのか分からなくなります。
だからこそ、彼の匂いや抱擁が恋しいのです。
それは甘えというより、私が私でいられる証拠のように感じるからです。
私はこの四日間を、ただ耐えるだけで終わらせたくありません。
四日間会えないことがつらい。
その事実を、私は否定しません。
でも同時に、私はこの状態が少し危ういことも感じています。
彼に会えないだけで心が崩れそうになるのは、恋の力でもあり、依存の影でもあるからです。
私は彼を大切にしたい。
だからこそ、彼がいない日にも、私が私を支えられる方法を少しずつ作りたいです。
深呼吸をする、短い散歩をする、スマホに気持ちを書き綴る、温かい飲み物をゆっくり飲む、早めに眠る。
小さなことでもいいから、「彼がいない四日間」を生き延びる術を、私は自分に渡したいです。
そして月曜日が終わったら、また会える。
その事実を灯りにして、私はこの三連休を乗り越えようと思います。

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