夢みたいな夜の翌朝、私は何事もなかった顔で台所に立っていました。

日曜日の朝、現実が静かに戻ってきました。
彼に会った翌日は日曜日でした。
夫も仕事が休みで、家の中にはいつもより長い時間、同じ空気が流れていました。
私はかなり飲んで酔っていたこともあり、昨夜の出来事が夢のように感じていました。
告白されたこと、手をつないだこと、あの瞬間の熱、そして私からキスをしたことまで、全部が現実のはずなのに、起きたら消えてしまいそうで怖かったのです。
目が覚めて天井を見つめながら、胸の奥がふわふわして、同時に少しだけ罪悪感も滲みました。
それでも、心のどこかで「確かに私は生きていた」と思える温度が残っていて、その余韻に触れるだけで涙が出そうになりました。
ベッドの中で送ったお礼のメッセージは、私の本音でした。
私は起き上がる前に、ベッドの中でそっとスマホを手に取りました。
そして彼に昨夜のお礼をメッセージしました。
楽しかったこと、送ってくれたことへの感謝、そして私はこの関係を大切にしたいということも、正直に伝えました。
送信した瞬間、心臓の鼓動が少し早くなって、「重いと思われたらどうしよう」と不安も湧いたのに、止められませんでした。
私はずっと、言葉を飲み込む癖で生きてきたからこそ、言葉にできたことが嬉しかったのだと思います。
しばらくして返事が来て、昨日はとても楽しかったとお礼を言われました。
その短い文章だけで、私の胸の奥に小さな花が咲くように、あたたかい気持ちが広がっていきました。
ワクワクしているのに、私はいつも通りの顔で家事をしました。
でも私は、そのワクワクした楽しい気持ちを顔に出すことなく、いつも通り家事をしていました。
洗濯機を回して、朝食の片づけをして、台所の水滴を拭いて、床を見て、今日の段取りを考える。そうやって「妻」と「母」の動きに体を合わせると、不思議と心の揺れが隠せてしまうのです。
私は慣れていました。
嬉しいことも悲しいことも、生活の手順の中に押し込めることに。
息子たちには普段通りでいてほしいし、家の空気を乱したくない。
その気持ちは本物です。
けれど心の内側では、彼からの返信がずっと灯りのように点っていて、私はその灯りをこっそり胸の奥に隠しながら、何もなかったふりを続けていました。
夫の「ホテルには行ったのか?」に、私は一線で答えました。
家事をしていると、夫が私に尋ねました。
「昨日はどうだった?ホテルには行ったのか?」と。
私は一瞬、手が止まりました。
夫が“公認”のような態度を取るほど、彼との時間が夫にとっては軽い娯楽のように扱われているのだと感じて、胸が少し冷たくなったのです。
私は「最初のデートからそんなことするはずないじゃない」と答えました。
声の調子はなるべく平らにしました。
反論したい気持ちも、説明したい気持ちも、どちらも飲み込みました。
旦那公認のデートではありますが、彼との楽しい時間や、キスをしたことは、夫には関係がない。
私の胸の中にしまっておきたい。
そう思った瞬間、私は初めて「私の心は私のもの」と小さく決めたのだと思います。
私の胸の中で、静かに大切に育てていくもの。
彼と過ごした時間は、夫婦の外側にある出来事で、正しいかどうかを簡単に言えるものではありません。
家庭を大切にしたい気持ちもあるのに、心が彼へ傾いている自分もいる。
私はその矛盾を抱えたまま、台所に立っていました。
それでも私は、あの夜を「なかったこと」にしたくありませんでした。
あたたかい言葉をもらったこと、優しさに包まれたこと、久しぶりにときめいたこと。
それは私の心に必要だった栄養のように思えたからです。
だから私は、これからも彼との時間を楽しく過ごそうと思います。
ただし、何もかもを誰かに預けないように、私自身を壊さないように。
嬉しさも怖さも、両方抱えながら、私は自分の心の居場所を少しずつ作っていきたいです。

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