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日本酒の小料理屋で、素の私がほどけてしまった夜

日本酒の小料理屋で、素の私がこぼれた夜――彼の笑顔が包み込んだもの。

二軒目は、日本酒の美味しい小料理屋でした。

ワインバーを出て、まだ彼の手の温度が手のひらに残ったまま、私たちは二軒目へ向かいました。
向かった先は、日本酒の美味しい小料理屋でした。引き戸を開けた瞬間、ふわっと出汁の香りがして、カウンター越しに湯気が見えるような、落ち着いたお店です。
こういうお店は、声を張らなくても会話ができて、料理の音や香りが自然に二人の間をつないでくれる気がします。
私は「二軒目に来た」というだけで少し現実味が増して、同時に、今夜が“ただの食事”を越えつつあることも感じていました。
けれどその不安を押し戻すように、彼は店員さんに丁寧に挨拶し、私のペースに合わせて席に案内してくれました。
その所作が落ち着いていて、私はまた少しだけ安心してしまったのです。

食の好みが似ているだけで、心の距離が縮まるのですね。

日本酒を選びながら、私たちは料理をいくつか頼みました。
驚いたのは、彼の「好き」が私の「好き」とほとんど同じだったことです。
味の濃さの好み、旬のものへの反応、こういう一品があると嬉しいという感覚。
「それ、分かります」と言い合うたびに、心の中の緊張がほどけていきました。
夫婦生活の中で私は、「好みが合わない」以前に、話すこと自体を諦めてしまった部分があります。
何を食べたいか、どう過ごしたいか、そういう小さな希望さえ、言う前に飲み込む癖がついていました。
だからこそ、好みが似ているというだけで、会話がこんなに楽しく続くことに、私は少し驚いてしまいました。
同じものを美味しいと言えるだけで、こんなにも心が軽くなるのですね。

酔いが回るほど、私の「素」が隙間から出てきました。

日本酒は不思議です。
口当たりが柔らかいのに、じわじわ体の芯をほどいていく感じがします。
一杯、二杯と進むうちに、私は自分の言葉が少しずつ自由になっていくのを感じました。
普段なら選ばない言い回しで笑ったり、少し大げさに驚いたり、照れたまま正直に「それ、嬉しいです」と言ってしまったり。
私は酔った勢いもあってか、彼の前で素の自分を見せ始めていました。
それは、弱さも含めた素です。
「こういうの、久しぶりで緊張します」とか、「私、普段はこんなにしゃべらないんです」とか、そんなことを口にしてしまう私がいました。
本当は、後悔しそうで怖いはずなのに、その夜の私は不思議と止められませんでした。

彼は、笑顔と優しさで、そんな私を包み込んでくれました。

私が少しはしゃいだり、言葉が乱れたりしても、彼は笑って見守ってくれました。
からかったり、上から正したり、急に距離を取ったりもしません。
ただ、目を見て、頷いて、私の話が終わるまで待ってくれる。
そして「そういうところ、いいですね」とでも言うような柔らかい表情で、私をそのまま受け止めてくれるのです。
私はその瞬間、「あ、私は今、否定されていない」と感じました。
その当たり前が、私にとっては初めての体験でした。
家の中では、私はいつも“正しい妻”でいようとして、感情を整え、言葉を選び、機嫌を損ねないように生きてきました。
でもここでは、整っていない私でも、そのまま置いていい。
そう思えたことが、嬉しくて、少しだけ怖くて、胸が熱くなりました。

初めての「包まれる感覚」に、私は自分が渇いていたことを知りました。

こんな経験は初めてでした。
優しくされること自体が初めてではないはずなのに、“包み込まれる”という感覚は、私の人生の中にほとんどありませんでした。
私はずっと、頑張って、合わせて、我慢して、家庭を回してきたつもりでした。
それが正しさだと思い込んでいたからです。
でも、彼の前で少しだけ素が出て、それでも受け止められたとき、私は自分がどれほど渇いていたかを知りました。
愛されたい、というより、乱暴に扱われたくない。
大切にされたい、というより、雑に扱われないでいたい。
私の願いは、そんなところまで小さく縮んでいたのだと思います。
だからこそ、彼の笑顔は、私の心の奥に静かに染みていきました。

楽しい夜の中で、私は自分に小さく約束しました。

会話が楽しくて、料理が美味しくて、日本酒がほどよく回って、私は久しぶりに“ただ楽しい”を感じていました。
でも同時に、私は大人です。家庭があり、息子たちがいます。
この心地よさに流されてしまえば、取り返しのつかないことになるかもしれない。
その危うさも、私はちゃんと分かっています。
だからこそ私は、その夜の自分に小さく約束しました。
嬉しくなる自分を否定しないこと。
でも、嬉しさのために自分の尊厳や暮らしを壊さないこと。
この夜の温度を、ただの逃げ場にしないこと。
私はまだ揺れています。
けれど、こうして心が動くという事実が、私に「私はまだ生きている」と教えてくれたのも確かでした。


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