「夫婦だから」で触れられる夜が、もう耐えられなかった――私の心が決定的に離れた瞬間。

夫の手が伸びてきた夜、私は体が先に拒んでいました。
翌日の夜、夫と食事をしながらお酒を飲んでいると、夫はまた私を引き寄せるように肩を抱き、唇を求めてきました。
私はその瞬間、頭で考えるより先に体がこわばり、息が浅くなるのを感じました。
私は強く抵抗して、「本当にやめてください!」と断固拒否しました。
ここ最近、夫に触れられるたびに、私の内側で何かが悲鳴を上げるように感じてしまうのです。
夫婦だから、という言葉で片づけられるほど、私はもう簡単には戻れない場所に立っていました。
私自身も驚くほど、拒否ははっきりしていて、譲る余地がありませんでした。
その「譲れなさ」は、わがままではなく、私の心と体が一致してしまった結果だったのだと思います。
夫の怒りは「都合のいい前提」から始まっていました。
夫は私の拒否に腹を立て、「そこまで嫌なのか」と怒り始めました。
そして夫は、「俺は夫婦の関係をうまく保つために、外で発散すればいいと言っただけだ。夫婦の間柄を壊すためにそうしろと言ったんじゃない!」と怒鳴りました。
私はその言葉を聞きながら、胸の奥が冷たくなっていくのを感じました。
夫の中では、すべてが「管理できるもの」になっていて、私の気持ちや変化は最初から計算に入っていないのです。
私は“道具”でも“ロボット”でもなく、感情のある人間なのに、夫はそれを当然のように省いて話します。
その省かれ方が、私にとっては何より苦しく、これまで日常的に心をえぐられてきた感覚と同じでした。
私は、夫の理屈の中で生きることが、もう怖くなってしまったのです。
私は「感情のある人間」だと、初めて真正面から言い返しました。
私は思わず言い返しました。
「そんなに都合よく自分の思い通りになると思わないでください。私は感情のある人間です。」と。
そして、私の本音も言葉にしてしまいました。
「私は彼と付き合って、彼が好きになったから、他の人に触れられたくないんです」と。
口にした瞬間、部屋の空気が変わるのが分かりました。
私は怖かったですし、ここまで言ってしまったら後戻りできないとも思いました。
でも同時に、やっと自分の感覚を自分の口で守れた気がして、胸の奥が少しだけ楽になりました。
私の人生の中で、こうして境界線を言葉にすることは、長い間許されてこなかったからです。
「今すぐ行けばいい」と吐き捨てられて、私は静かに悟りました。
夫は「だったら今すぐ彼のところに行けばいい。離婚でもなんでもすればいい!」と吐き捨て、寝室に行ってしまいました。
私はその背中を見ながら、怒りよりも先に、深い疲れが押し寄せました。
夫は私の心を聞こうとせず、最後は突き放す言葉で終わらせる。
それはいつもの形で、私が何を訴えても、結局ここに戻ってくるのだと理解してしまいました。
私は夫のことが嫌いではありません。
家族としての時間もあり、子どもたちの父親としての役割もあります。
けれど私は、夫をもう男性として見ることができなくなっているのです。
それは冷酷さではなく、私の心がすでに別の場所へ移ってしまった結果でした。
彼と付き合いながら、夫も受け入れるほど私は器用ではありません。
私は、彼と付き合いながら、夫も受け入れるなんて器用なことはできません。
その事実を認めるのは怖いのに、もう誤魔化せなくなっています。
夫が求める「夫婦の形」を維持するために、私の心や体を都合よく調整することは、もうできないのです。
私は今、彼に受け止められることで、自分が雑に扱われていい人間ではないと知りました。
だからこそ、夫の乱暴な言葉や押しつけに、以前のように黙って従えなくなったのだと思います。
私の心は、もう完全に彼のものになってしまいました。
それは誇れることではないかもしれませんが、今の私にとっては真実に近い感覚です。
私はこれから、どう生きるのかを、逃げずに考えなければならないところまで来てしまいました。

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