食事の日の朝、夫は私の予定より先に「求めること」を優先した。

彼と会う日の朝、私はいつもより早く目が覚めました。
彼と食事をする日が、ついに来てしまいました。
朝の光がカーテンの隙間から差し込むだけで、胸がそわそわして、少し怖くて、でも確かに楽しみで、心が落ち着きませんでした。
私はその日、仕事をしてから彼に会う予定でした。
髪を整えながら、仕事の段取りと、帰宅後の流れと、息子たちの夕飯のことまで、頭の中で何度も確認していました。
こういう大切な予定ほど、私は「家のことを乱さないように」と力が入ってしまうのです。
家庭を守りたい気持ちは本物で、だからこそ、私はこの日を“特別なこと”として扱わないように振る舞おうとしていました。
けれど心の奥では、今日という日が境界線になるかもしれないと、どこかで分かっていました。
「仕事の後、食事に行ってくるね」と言った瞬間、夫の反応は別の方向へ向きました。
私は夫に、なるべく淡々と伝えました。
「今夜、仕事の後、その人と食事に行ってくるね」と。
夫は以前「良かったじゃないか」と言ってくれていたので、私はまた同じ温度の返事が返ってくると思っていました。
けれど、その朝の夫は、私の予定を聞いた途端、私に“性的な要求”をしてきたのです。
言葉は露骨でなくても、空気がはっきり変わる瞬間がありました。
私は心の中で「ああ、まただ」と思ってしまいました。
私の気持ちや予定ではなく、夫の欲求や都合が先に出てくる。
私はそれを拒むより先に、「妻として応えた方が丸く収まる」と考えてしまう癖があります。
そうして私は、私の大事な一日の始まりを、夫の要求で上書きされるような感覚を抱えました。
「健康のため」という言い訳で、私は自分の境界線を見えなくしてきました。
私は厳格な家で育ち、「夫婦は仲良く」「妻は家庭を守る」と刷り込まれてきました。
だから私は、夫が求めることに応じるのは、夫婦としての務めだと信じ込んできた部分があります。
さらに私は、夫の健康のためにも、そういうことはしてあげたほうがいい、と自分に言い聞かせてきました。
けれど本当は、その言い訳で自分の嫌さや違和感を覆い隠していただけなのだと思います。
その朝も私は、要求されるままに夫を満足させました。
私自身の気持ちは脇に置いたままです。
私は自分のことを「そういうことに慣れている女性」だと片づけたくなる瞬間があります。
けれど“慣れ”は、必ずしも“望み”ではありません。
私はその違いを、長い間見ないふりをしてきました。
そのあと鏡を見た私の顔は、嬉しさよりも疲れに近かったです。
夫の要求に応じたあと、私は洗面台の前で髪を整えました。
鏡の中の私は、これから仕事へ行き、夜には彼と食事をする予定のはずなのに、表情がどこか空っぽでした。
胸のときめきがあるはずなのに、同時に体の中に“重さ”が残っていて、私の心は二つに割れているようでした。
夫の前では妻として振る舞い、職場では美容師として笑い、夜には「私の言葉を受け止めてくれる人」と向き合う。
私はその全部を同じ一日の中でこなそうとしていました。
でも、それは器用さではなく、置き去りにしてきた自分の気持ちの積み重ねだったのだと思います。
私は「私はそんな感性の女性なのです」と自嘲することで、深く傷つかないようにしてきたのかもしれません。
私が本当に欲しいのは、誰かの欲求を満たすことではなく、私の尊厳を守ることでした。
この日の朝の出来事は、私にとって“いつものこと”のようでいて、どこか決定的でした。
私は、夫に求められると応じてしまう自分を責めたいわけではありません。
そうやって家庭を回してきた日々があり、息子たちを守りたい気持ちも確かにあるからです。
けれど同時に、私の予定を伝えた瞬間に性的な要求が返ってくることが、私の心にとってどれほど乱暴なことかも、少しずつ分かってきました。
私が「嫌」と言えない理由は、愛情よりも恐れや諦めに近かったのかもしれません。
もし今、同じような状況で苦しい方がいたら、どうか「あなたの境界線は大切にしていい」と伝えたいです。
望まないことに応じ続ける必要はありません。
必要なら、信頼できる友人や専門家に話して、心と体を守る選択肢を増やしてほしいです。
それでも私は、夜の約束を「希望」として握りしめてしまう自分がいます。
この日の私は、複雑でした。
夫との朝が私の心を擦り減らしたのに、彼との食事の予定が、私の心に小さな灯りをともしていました。
私はこのときめきを、危ういと分かっていながら“希望”として握りしめてしまいます。
けれど本当は、誰かと会うことで救われるのではなく、私自身が私を大切にすることが必要なのだと思います。
私は今日、仕事へ行きます。
笑顔でお客様に向き合い、夜になったら食事へ向かうでしょう。
その前に、少しだけ自分に約束したいです。
私は私を雑に扱わない。
私の気持ちを「慣れ」でごまかさない。
今日という一日を、誰かの都合だけで終わらせない。
そう決めることから、私の人生は少しずつ変わっていく気がしています。

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