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逃げ道を作っただけなのに、私は汚された気がしました

「最初から男を見定めてたんだろ」と言われて泣いた夜――私の“逃げ道”は不純ですか。

夫婦だから隣で食べる、その習慣が今は苦痛になりました。

夫婦だから、夫と並んで食事をする。
それが今までの習慣で、今でも私はそれに従っています。
けれど、夕食時にお酒が入った夫から、毎回のように嫌な言葉を投げかけられるようになってから、食卓は私にとって「一日の終わりの休息」ではなく「裁かれる時間」になりました。
私は料理を並べ、笑顔を作り、なるべく波風を立てないように話を合わせます。
でも夫は、こちらの気持ちを確認するような言い方ではなく、刺すような言葉で私を揺さぶります。
隣に座る距離が近いほど、逃げ場がなく、私は箸を持つ手まで固くなるのです。

「見つけろと言われる前から見定めてた」その一言で、心が折れました。

今日、夫はこう言いました。
「俺に誰か他の男を見つけろって言われる前から、誰かを見定めてたんだろ!」と。
その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥が熱くなって、悔しくて泣いてしまいました。
私が“計算して”彼を手に入れたように言われたことが、耐えられなかったのです。
私はずる賢く立ち回ったわけではありません。
彼にはただ、「好き」と言われて、私もそれに「好き」と答えただけなんです。
たったそれだけのことが、私の中でどれほど大きな救いになったか、夫は知らないのでしょう。
知らないどころか、私の気持ちを汚すように言い切る。
その乱暴さが、涙を引き出しました。

「そうじゃない」と、私は自分の言葉で否定しました。

私は夫に言いました。
「そうじゃない。私なりに、あなたに突き放されて悲しんで苦しんで、そこでやっと目をつけた人なのに」と。
この言葉は、言い訳ではなく、私の人生の説明でした。
私はずっと、夫の求める“妻”になろうとしてきました。
怒られないように、ダメ出しされないように、機嫌を損ねないように。
それが愛情だと信じて、努力だと思って、家庭のためだと自分に言い聞かせてきました。
でも夫は、それ以上の不条理なことを求めることがありました。
私の感情や限界は置き去りのまま、「夫婦なんだから」「妻なんだから」で押し切る。
私はその繰り返しの中で、少しずつ自分の心を失っていきました。

つらすぎて「子どもが独り立ちしたら終わりにしよう」と考えたこともありました。

これは書くのが怖いのですが、私は今まで、それがつらくて、つらすぎて、子どもが独り立ちしたら、自分で命を終わりにしようとまで考えていました。
それほどまでに、私の世界は狭く、出口が見えなかったのです。
家庭を守ることだけが正しい。
耐えることだけが価値。
そう思い込んで、助けを求めることさえ、どこか恥だと思っていました。
だから私は、息子たちが手を離れたら、私の役目は終わる、と心のどこかで決めてしまっていたのだと思います。
いま振り返ると、あれは「死にたい」というより、「ここから逃げたい」という叫びだったのかもしれません。

今の私には逃げ道がある。それが、私を生かしています。

でも今、私には逃げ道があります。
私は、自分で彼という男性を見つけ、逃げ道を切り開いたと思っています。
その事実が、私を生かしています。
夫に何を言われても、世界が夫だけではなくなった。
夫の言葉が絶対ではなくなった。
その変化は、私にとって革命のようなものでした。
もちろん、この関係が正しいかどうかを簡単に言えるものではありません。
でも少なくとも私は、夫に押しつぶされて終わる人生ではなく、自分で息をし直す道を探したのです。
それを「最初から狙っていた」と決めつけられるのは、私が必死で生き延びようとした努力まで否定されるようで、悔しかったのです。

私は「ずるい女」ではなく、やっと生き方を選び始めた女です。

私は、誰かを傷つけるために動いたわけではありません。
ただ、心が壊れないように、息ができる場所を探しただけです。
そしてその場所に、たまたま彼がいた。
彼が「好き」と言ってくれて、私も「好き」と答えた。
たったそれだけのことが、私の中で“生きていい理由”になった。
それが、私の真実です。
夫は私を「計算して動く女」にしたいのかもしれません。
でも私は、計算ではなく、限界の中で選んだだけです。
私はこれからも、自分の気持ちを雑に扱わずに生きていきたいです。
逃げ道は恥ではありません。
私が私を守るための道です。

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