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あと1460日、この家で私は自分を守れるだろうか

優しい日ほど怖い――夫の「気分の波」と、私の嫌悪感と、あと4年の現実。

夫の態度は日によって変わりすぎて、私は常に構えてしまいます。

夫の態度は日によって、コロコロと変わります。
ある日は理不尽なことで怒鳴り、人格まで否定するような言い方で私の心を削るのに、別の日は何事もなかったように優しくしたり、「好きだ」と言ったりするのです。
私はその落差がいちばん怖いと思っています。
怒りはまだ分かりやすいけれど、優しさの顔をした圧力は、逃げ場をなくします。
今日はどっちの夫なのか、家の空気を読んで先回りして、失敗しないように振る舞う。
それがもう何年も続いて、私はいつからか「安心」を知らない人になっていました。

「好き」と言いながら触れてくる夫に、私は寒気がするほど拒否反応が出ます。

今日も夫は、変に優しくしながら「好きだ」と言って、私の身体に触れてきました。
でも、気持ちが完全に彼のものになっている私は、その瞬間に寒気が走るほど嫌悪感を感じてしまいます。
触れ方そのものが嫌というより、私の気持ちを無視して「夫婦だから」「好きだから」という言葉で押し切ろうとする感じが苦しいのです。
私は反射的に「気持ち悪いから、やめて!」と言ってしまいました。
夫には酷い言葉だと分かっているのに、それでも止められないくらい、私の体が拒否していました。
こういう拒否反応は、私のわがままではなく、長い間の積み重ねが作った正直な反応なのだと思います。

「好きじゃないのに、どうして優しくするんだ?」と問われて、私は最低限の役割を答えました。

夫は私に「好きじゃないのに、どうして食事を作ったり、優しくするんだ?」と聞きました。
私は「今は夫婦として一緒に住んでるんだから、最低限のことはするわよ」と答えました。
これは冷たい宣言というより、現実の線引きでした。私には息子たちがいて、生活があり、家を回さなければならない責任があります。
だから私は、愛情がなくても家事をします。
穏便に済ませるために、丁寧語で返します。
けれど夫は、その言葉を受け止めず、無視するようにまたお酒を飲み始めました。
私が伝えたのは「最低限」なのに、夫はそれを「都合のいい優しさ」と勘違いしてしまう。
そこが、私たちの会話が噛み合わない一番の理由なのだと思います。

あと4年、1460日という数字が、私の胸を重くします。

子供が学校を卒業して自立するまで、あと4年。
頭では「その時にはここを出て、彼と一緒に生活できる」と信じています。
でも現実に戻ると、4年は1460日で、その一日一日で私は同じような嫌悪感や恐怖を繰り返すのかと思うと、息が詰まります。
私は毎日、夫の機嫌の波を避けながら、最低限の家事をこなし、母としての顔を保ち、働き続けています。
そこに「触れられる恐怖」や「言葉で傷つけられる痛み」が重なると、心が擦り切れてしまいそうになります。
私は彼という光を持てたことで生き延びていますが、同時に、その光にすがりすぎてしまう自分も怖いのです。

私が今いちばん欲しいのは、彼だけではなく「安全」と「境界線」です。

私は彼と一緒にいると救われます。
けれど本当は、彼がいるかどうかに関係なく、私が安心して呼吸できる場所が必要なのだと思います。
夫の機嫌で生活が揺れないこと、触れられたくないときに拒否できること、怒鳴られないこと、人格を否定されないこと。
そういう当たり前の安全です。
もし今、日々のストレスで心や体が限界に近いと感じるなら、信頼できる友人や専門機関(自治体の相談窓口、DV相談、カウンセリングなど)に、匿名でもいいので一度つながっておくことは、自分を守るための現実的な準備になります。
私は「耐える」だけの1460日にしたくありません。
境界線を守る方法と、逃げ道を複数持つこと。
それが、4年を生き抜くための私の課題だと感じています。

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