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夫の価値観の箱から出たい――45歳の私が今思うこと

「牢獄みたいな暮らし」から抜け出したくなった私――堅い夫と、自由な彼に出会って気づいたこと。

公務員の夫の「正しさ」が、私の自由を奪ってきました。

私の夫は、とても堅い考え方で保守的です。
家の中でも「こうあるべき」が強くて、言葉の端々に上下関係がにじみ、私は長い間、命令されることに慣れてしまいました。
口答えをすることも許されず、ちょっとでも逆らうと「生意気だ」「調子に乗るな」と、人格ごと否定されるような言い方で押さえつけられる。
私はそれを、家庭を守るために耐えるものだと思い込んで、笑ってやり過ごしてきました。
でも本当は、私の心は少しずつ削れていて、自由のない牢獄にいるような暮らしを、いつの間にか当たり前にしていたのです。

私は「型にはまること」が安全だと信じて生きてきました。

厳格な家で育った私は、空気を乱さないことが正しいと教えられてきました。
だから、結婚してからも、夫に合わせること、夫の機嫌を損ねないこと、家の外に不安を漏らさないことが、私の役目だと思っていました。
自分の感情よりも、体裁や規則や「妻としての正解」を優先し続けると、人はだんだん本音が分からなくなるのですね。
私は「自由」と聞くと、わがままや危険と結びつけてしまい、自由を求める自分を責める癖がつきました。
でも、その癖こそが、私を小さな箱の中に閉じ込めていたのだと、今ははっきり分かります。

彼の自由で柔軟な発想が、私の中の鍵を外していきました。

ところが今、彼に出会い、彼のとても自由で柔軟な発想に、私は大きく影響を受けています。
彼は「正しいかどうか」より先に、「きみはどう考えるの?」と聞いてくれる人です。
否定せずに受け止めてくれて、言葉で縛るのではなく、言葉でほどいてくれる。
その姿勢に触れるたび、私は自分がどれだけ「型」だけで生きてきたのかを思い知らされました。
自由とは、無責任に何でもしていいという意味ではなく、自分の気持ちを自分で扱えることなのだと、彼の存在が教えてくれた気がします。
私は彼に会うほど、世界が少し広くなる感覚を覚えるようになりました。

子どもへの言葉まで変わったのは、私の心がほどけ始めた証拠でした。

驚いたのは、子どもに対するアドバイスさえ、今まででは考えられないような言葉を選べるようになったことです。
以前の私は、「ちゃんとしなさい」「我慢しなさい」「普通はこうでしょう」と、夫と同じ型で話してしまうことが多かった気がします。
でも今は、「どうしたいの?」「何が嫌だったの?」「あなたの気持ちは大事だよ」と言える瞬間が増えました。
私は母として、息子たちが自分の心を押し殺して生きる大人になってほしくないのです。
そのためにはまず、私自身が“型”だけで話さない母でいる必要があるのだと思いました。
私が変わることは、家庭を壊すことではなく、むしろ息子たちの未来を守ることにもつながるのかもしれません。

押さえつけられてきたと気づいた今、もう戻れない気がしています。

私は今まで、型にはまった考え方に閉じ込められ、押さえつけられてきたということが、本当によく分かります。
そして怖いことに、一度その事実に気づいてしまうと、もう元の自分には戻れないのですね。
夫の「正しさ」が絶対だった世界が、実は私の心を狭めていたと知ってしまったからです。
私は夫を悪者にしたいわけではありません。
でも、私が私の人生を生きるためには、夫の価値観にすべて合わせる生き方を終わらせる必要があるのだと思っています。
私は自由になりたいのです。
誰かに許可をもらう自由ではなく、自分の気持ちを自分で選べる自由が欲しいのです。

この先の人生を、もっと自由で楽しく幸せにしていきたいです。

私は、このあとの人生をより自由で楽しく幸せなものとして、過ごしていきたいと思っています。
自由とは、好き勝手に振る舞うことではなく、自分の心をすり減らさずに生きることだと、今の私は思います。
私は45歳で、まだ母で、まだ働いていて、まだやり直せる時間があります。
息子たちを愛しているからこそ、私は笑っている母でいたいですし、無理を続けて壊れていく母にはなりたくありません。
これから先、何を選ぶのかは簡単ではありません。
でも私は、狭い箱の中で息を潜めるだけの暮らしではなく、心から呼吸できる暮らしを、自分の手で作っていきたいです。

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