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旅行の二日目が楽しすぎて、私は未来の約束をねだってしまいました

旅の二日目、富山の街で笑いすぎた私が、その夜にしてしまった「未来の約束」の話。

富山市内を巡るだけで、こんなに心が軽くなるなんて思いませんでした。

旅行の二日目は、富山市内を巡りました。
前日の余韻が体の奥にまだ残っているのに、朝の光の中で彼と並んで歩くと、それだけで「今日は絶対にいい日になる」と確信してしまう自分がいました。
旅先の空気は澄んでいて、家の中で感じる緊張や役割から少し離れられるだけで、私はこんなにも呼吸が深くなるのだと知りました。
誰の顔色も伺わなくていい、言葉を飲み込まなくていい、ただ一緒に笑っていい。
そんな当たり前が、私にとっては特別で、だからこそ富山の街の景色が、より鮮やかに見えていたのだと思います。

日本で一番オシャレなスタバと、富山城と、路面電車が「二人の物語」になりました。

私たちは「日本で一番オシャレ」と言われる富山環水公園店でカフェラテを飲みました。
水辺の空気と、ガラス越しの光、カップを持つ彼の手元まで、全部が映画みたいに見えてしまって、私は自分が少し浮かれているのを感じながらも止められませんでした。
富山城を見学して、路面電車にも乗って、窓の外に流れる街のリズムを一緒に眺めました。
「すごいね」「きれいだね」と言い合うだけで、その言葉が二人の思い出の印みたいに残っていくのが不思議でした。
観光地そのものより、隣に彼がいて私の反応を笑って受け止めてくれることが、私には何より嬉しかったのです。

お寿司屋で日本酒を飲んだ頃、楽しすぎる一日が「終わる怖さ」に変わっていきました。

美味しいお寿司屋さんで日本酒を飲んだ頃、私はふと、胸の奥がきゅっとなりました。
楽しすぎる一日があっという間に過ぎて、「終わり」が近づくほど、私は現実に引き戻される気がして怖くなったのです。
家に帰れば、私はまた妻として振る舞い、息子たちの母として動き、夫の機嫌や言葉に神経を使う生活に戻っていく。
その戻り道が見えてしまった瞬間、私は彼の隣にいる幸せを抱きしめたくて、余計に言葉が多くなっていたと思います。
お酒の力もあったのでしょう。
でもそれだけではなく、私の心が「この人から離れたくない」と必死に訴えていたのだと思います。

私は大胆で自分勝手な質問をしてしまいました。

私は彼に聞いてしまいました。
「数年後、子供が社会人になって手が離れたら、夫と別れるから、私を迎えに来てくれる?」と。
言った瞬間、自分でも分かりました。大胆で、わがままで、自分勝手です。
彼にも奥様がいるのに、未来を勝手に描いて、約束の形にしようとしている。
なのに私は、その質問を止められませんでした。
私はたぶん、今の幸せが大きいほど、失う不安も大きくなって、言葉で“つながり”を確かめたくなったのです。
未来を固定できないことも、人生は思い通りにならないことも分かっているのに、それでも私は「迎えに来る」と言われたくて、心がせわしなく揺れていました。

「迎えに行く」と言ってくれた、その一言が私を落ち着かせてくれました。

彼は少し間を置いてから、「うん、俺もそのつもりだよ。迎えに行く。」と言ってくれました。
その言葉が、現実に必ず実現する約束かどうかは、正直分かりません。
けれど私にとって大切なのは、「今この瞬間、私の気持ちを受け止めてくれた」という事実でした。
言葉だけでもいいんです。
私の中の不安が少し静まり、胸の奥のざわつきが落ち着くのを感じたからです。
私は長い間、拒絶や否定の言葉に慣れすぎていました。
だから、肯定されると心が簡単にほどけてしまう。
怖いくらいに。
もし今の私が危ういほどのめり込みやすいのだとしたら、それは私が求めているものが大きすぎるからなのかもしれません。
だからこそ私は、この気持ちを大切にしながらも、自分を壊さない形で抱えていきたいです。

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