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「のぼせてる」と言われて気づいた、夫は私を見ていなかった

夫に反論した夜、「彼がいるからのぼせてるのか」と言われて、私はもう戻れないと思いました。

「言ってはいけない」「してはいけない」が多すぎる暮らしでした。

夫との生活には、言ってはいけない言葉、してはいけない行動、そんなものがたくさんあります。
ちょっとしたことでダメ出しをされ、怒鳴られ、人格までを否定されるような言い方で心をえぐられる。そんなことが日常でした。
私はいつからか、発言する前に空気を読むのが癖になり、言葉の端を丸めて、怒られない言い方を探すようになりました。
家の中で一番大切なのは「平穏」だと信じ込んでいたので、私は自分の気持ちを後ろへ下げることを当たり前にしてしまったのです。
その結果、私は“何も言わない妻”として暮らす方が安全だと思うようになりました。
でもその安全は、心を小さく削り続ける安全でした。

彼は、私の全部を笑って受け止めてくれました。

そんな私の世界に、彼が入り込んできました。
彼は私のすべてを受け止めてくれます。
何を言っても笑って受け止めてくれ、何をしても頭を撫でながら微笑んでくれます。
否定しない。急かさない。正しさで叩かない。
私はその優しさに触れるたび、心の奥の固い部分がほどけていくのを感じました。
そして怖いことに、それが私の中で徐々に「普通」になってきたのです。
優しくされるのが特別ではなく、受け止められるのが当たり前のように感じ始めると、私は家の中の“異常な日常”に気づいてしまいます。
これまで「私が悪い」と思って飲み込んできたことが、実は“我慢させられていただけ”だったのかもしれない、と。

ある夜、私は旦那の言葉に初めて言い返しました。

その頃、いつものように夫が言いました。
「食事の味付けが薄い。」
「俺の言葉をいい加減に聞いている。」
私はいつもなら、すぐに謝って、その場を丸く収めていたと思います。
けれどその夜は違いました。
私の中に、言葉にならない怒りと疲れが溜まっていて、彼に受け止められてきた分だけ、もう飲み込めなくなっていました。
私は言い返しました。
「毎回あなたの味付けにピッタリ合うようなものを作れない!」
そしてさらに、口から出てしまいました。
「あなたの話すことが仕事の愚痴ばかりで、聞いていて面白くない!」
言った瞬間、私は自分でも驚きました。
こんなことを言ったら、家の空気が壊れる。そう分かっているのに、止まらなかったのです。
それは反抗というより、私の心がようやく呼吸を始めた音だったのかもしれません。

「彼がいるからって、のぼせてるんじゃないのか?」という言葉。

すると夫は言いました。
「彼がいるからって、のぼせてるんじゃないのか?」
私はその言葉を聞いて、胸の奥が冷たくなりました。
怒られると思っていたのに、責められる形が違ったのです。
私の訴えの中身には向き合わず、私の変化を“彼のせい”にして片づける。
ああ、そういうことか、と私は思ってしまいました。
私の気持ちや疲れや限界ではなく、「外に男がいるから」そうなった、と。
夫婦の会話は、本当は私たち二人の問題のはずなのに、彼の存在を持ち出した瞬間、私の言葉は“浮ついた女の反抗”に変換されてしまったのです。
私は、悔しいというより、虚しかったです。

私の心は、旦那からどんどん離れていきます。

私は今、夫から心が離れていくのをはっきり感じています。
以前の私は、「夫婦だから仲良くしなければ」と自分に言い聞かせていました。
家庭を守ることが私の役目だと信じていたからです。
でも、人格を否定されるような言葉を日常的に浴びて、そこに向き合う意志もない相手と、どうやって同じ場所に立てばいいのでしょう。
私はもう、同じ土俵に立つこと自体が苦しいのだと思います。
今はもう、それでいいのだと、私は思い始めています。

私には彼がいる。そう思った瞬間、私は少し楽になりました。

私には彼がいる。
私には、彼がいれば、それで充分。
そう思ってしまう自分がいます。
これは、危うい考えだと分かっています。
誰かに依存してしまえば、また同じように自分を失うかもしれない。
でも同時に、私は彼の存在によって「私は雑に扱われていい人間ではない」と知ることができました。
彼が私を肯定してくれたからこそ、私は初めて自分の境界線を思い出しました。
夫に反論できたのは、強くなったからではなく、受け止められる経験を重ねて、自分の心が生き返ってきたからだと思います。
私はまだ答えを出せません。
けれど少なくとも、夫の言葉だけで自分を小さく畳む日々には戻らない。
その決意だけは、静かに固まり始めています。


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