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「付き合っちゃうかも」の冗談に、夫が返した言葉で心が軽くなった私

夫に報告したら「良かったじゃないか」と言われて、私の心が急に軽くなった日。

彼との食事が決まったのに、私はまず夫に報告しました。

彼と牡蠣の食べ放題に行く日程が決まった瞬間、胸が跳ねるのと同時に、私は妙に現実的になりました。
浮かれている自分を落ち着かせたくて、そして「隠し事」にしたくなくて、私はその日のうちに夫へ報告したのです。
「職場に来てくれる人に誘われたから、一緒に食事に行ってくる!」と、できるだけ明るく、軽い言い方で。
本当は、相手が私の心を揺らしている男性だということを、夫がどこまで感じ取るのか怖かったです。
夫は私の気持ちを雑に扱うことが多いので、また何か心ない言葉が返ってくるのではと身構えていました。
それでも私は、報告しないまま当日を迎える方が、もっと苦しくなる気がしていました。
だから、勇気というより、逃げ場を作るために口にしたのだと思います。

夫の「良かったじゃないか」が、意外なほど私を救いました。

夫は私の言葉を聞くと、拍子抜けするくらい軽く「良かったじゃないか!」と言いました。
咎めるでもなく、詮索するでもなく、まるで「気晴らしできるならいいね」と言うような口調でした。
私はその反応に驚いて、胸の奥に溜まっていた緊張がすっと抜けていくのを感じました。
「あ、怒られないんだ」という安堵は、情けないくらい甘くて、私の背中を押してしまいました。
私はいつも夫の顔色を見てしまう癖があり、許可が出た瞬間、心のブレーキが緩むことがあります。
夫婦なのに、許可が必要だと思ってしまう自分も、どこかおかしいのに。
それでもその夜の私は、「行ってきてもいいんだ」と思えたことが、ただ嬉しかったのです。

調子に乗って言ってしまった冗談が、予想外の方向へ転がりました。

私は調子に乗ってしまいました。
冗談のつもりで、「もしかしたら、付き合っちゃうかもよ!」と言ってしまったのです。
言った瞬間に、しまったと思いました。
軽口の形を借りた本音が、うっかり口から出てしまったようで、心臓がどくどく鳴りました。
夫が怒るか、冷たく笑うか、どちらかだと思っていたのに、返ってきた言葉は違いました。
夫は少し笑いながら、「月に一度くらい飲みに行って、そのあとホテルに行くような関係になれたらいいね。」と言ったのです。
私は耳を疑いました。
私が欲しかったのは夫のぬくもりだったのに、夫はそれを「外で満たせばいい」と平然と言ったのです。

その言葉で心が軽くなった私は、少し怖いくらいでした。

私は怒るべきだったのかもしれません。
夫婦としての尊重とか、家族としての責任とか、正しい答えはいろいろあると思います。
でもその瞬間の私は、なぜか心が一気に軽くなりました。
夫に拒まれて傷ついた日々の中で、私はずっと「私が求めるのは悪いことなのかな」と自分を責めていたのだと思います。
けれど夫が、良いか悪いかは別にして「外で満たしてもいい」と言ったことで、私の中の罪悪感の鎖がほどけてしまったのです。
それは許されたというより、見放されたにも近いのに、私の心は「やっと息ができる」と感じてしまいました。
自分の気持ちを切り替えられたことに、ほっとした反面、こんなふうに軽くなる自分が怖くもありました。
それでも、あの夜の私は、久しぶりに肩の力が抜けて眠れたのです。

「楽しみに待つ毎日」が戻ってきたのは、私の心が生き返ったからでした。

その日から、私は彼と食事に行く日をとても楽しみに待つようになりました。
たった一度の食事なのに、カレンダーを見るたびに心が少し明るくなるのです。
服はどうしよう、髪はどう整えよう、牡蠣は何個食べられるかしら、そんな小さな考えが、忙しい日常の隙間に花のように咲きました。
私は母で、妻で、仕事もあって、暇なんてないはずなのに、心だけは確かに「待つ」という時間を持てるようになりました。
それが嬉しかったのです。
夫の言葉に傷ついて、狭い世界に閉じ込められて、惨めだと感じていた私が、久しぶりに「自分のための予定」を持てたからです。
もちろん、危うさがあることも分かっています。
けれど今の私は、楽しみにできる何かがないと、毎日が擦り切れてしまいそうでした。

私はこの出来事で、夫婦の形より先に「私の心」を見つめ直したくなりました。

夫が笑いながら言った言葉は、優しさではないかもしれません。
でも私は、その言葉のおかげで「夫に期待して傷つく」ループから、いったん外へ出られた気がしました。
そして気づいたのです。
私が求めているのは、誰かとの関係そのものより、「私は大切に扱われていい」と思える感覚なのだと。
彼との食事が楽しみなのは、牡蠣が好きだからだけではありません。
私の言葉を受け止めてくれる人がいる世界を、私は一度知ってしまったからです。
ただ、私が本当に守りたいものは、息子たちの暮らしであり、私自身の尊厳です。
ときめきを燃料にしてもいいけれど、私の人生のハンドルは、誰かに預けないようにしたいです。
楽しみに待つ毎日を、私が私のために育てていけるように、少しずつ自分の心を取り戻していこうと思います。


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