
「家庭があるのに恋をしてしまった」──その瞬間、心に芽生える罪悪感
誰にも言えない感情を、ひとりで抱えていませんか?
家庭があって、パートナーがいて、それでも心が誰かに向かってしまう。
そんな自分に戸惑い、罪悪感に押しつぶされそうになっている方も、少なくないのではないでしょうか。
「結婚しているのに、他の人を好きになるなんてありえない」
「そんな自分はおかしい、最低だ」
もしかしたら、そうやってご自身を責め続けているかもしれませんね。
でも、感情というのはコントロールできるものではないのです。
どれだけ理性で否定しようとしても、心が自然に惹かれてしまうことがあります。
それは、人として当たり前の感情だと私は思います。
恋に落ちる理由は、決して「不道徳」だけではありません
「なぜ既婚者なのに恋をしてしまうのか」──その理由を、自分で理解できずに苦しんでいませんか?
実は、既婚者が恋に落ちる背景には、単なる「ときめき」や「刺激」だけでなく、深い心の寂しさや孤独があることが多いのです。
例えば、長年の結婚生活の中で、会話が減ったり、感情の交流がなくなったりすることは珍しくありません。
そうした日々の中で、自分が「見てもらえていない」「愛されていない」と感じる瞬間が増えていくと、心は自然と温もりを求めてしまいます。
そして、そんなときにふと現れた誰かが、自分の存在を認めてくれるように感じたら──心が動いてしまうのは、ある意味で当然のことなんです。
「倫理」と「感情」は、いつも一致するわけではない
もちろん、結婚というのは社会的な約束であり、倫理的な責任があります。
家庭の中に子どもがいたり、パートナーの気持ちを思えばこそ、「恋に落ちること」は許されないという考え方もあるでしょう。
でも、倫理が正しいとわかっていても、感情はいつもそこに従ってくれるわけではありません。
人の心はもっと複雑で、もっと弱くて、もっと切実なものです。
大切なのは、感情を否定するのではなく、「自分の気持ち」とどう向き合うかを考えることなんです。
罪悪感だけに支配されてしまうと、自分自身を見失ってしまいます。
その気持ちが「本物」かどうか、静かに問いかけてみてください
好きになってしまった相手に、あなたは何を求めているのでしょうか?
優しさですか? 一時の安らぎですか? それとも、もう一度恋をすることで、自分が生きている実感を得たいのでしょうか。
その気持ちが本物であるかどうかを見極めるには、少し時間が必要かもしれません。
焦って行動する前に、自分の心とじっくり向き合ってみることが大切です。
もしその恋が、あなたの人生をよりよくする力を持っているのなら──それを否定する必要はないのかもしれません。
でも、その恋が誰かを深く傷つけてしまうものであれば、それを受け止める覚悟も必要になります。
自分を責めすぎないでください。心が求めたのは、愛だっただけ
恋をすることは、決して罪ではありません。
たとえその形が、社会の枠の中で受け入れられないものだとしても、そこにある気持ちは決して軽くありません。
あなたが心を惹かれたその背景には、きっとたくさんの孤独や寂しさ、不安があったのだと思います。
それは、あなたが「誰かに愛されたい」と思える、心のやさしさがある証拠です。
ですから、どうか自分を責めすぎないでください。
その気持ちがどこから来たのか、そして今後どうしていきたいのかを、ゆっくり考えてあげてください。
おわりに──愛を求める心に、正直になるということ
「家庭があるのに恋をしてしまった」
それは、簡単に「正しい」「間違い」と切り分けられるものではありません。
それだけに、苦しみも深く、誰にも話せない孤独がついて回ります。
でも、あなたの心が求めたのは「愛」だった。それは、人としてとても自然で、尊いことです。
どうかその気持ちを否定しないでください。
そして、自分の人生にとって何が一番大切なのかを、ゆっくり探していってくださいね。
あなたの心が、少しでも軽くなりますように。
あなたには、自分の気持ちを大切にしていい権利がありますから。
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